1日目:伊里前福幸商店街のしろうおまつりにて、トーク&ライブをさせていただきました♪

いつもありがとうございます。

5月18日(日)、宮城県南三陸町にあります、伊里前福幸商店街にて、
恒例の「しろうおまつり」が開催され、そのステージで歌わせていただきました!

このお祭りには、3度目のツアー(2013年8月)の時にも参加させていただいています。

【その時のブログ記事はこちら】

今回も晴天に恵まれ、鯉のぼりも気持ち良さそうに空を泳いでいました!

ステージ近くに並んだプランターには「福井県坂井市」の文字が!

嬉しい瞬間です♪

「しろうおの踊り食い」という食べ方があり、先着100名(だったかな?)
に無料で振る舞われるとのことで、大勢の方が列をなして待っておられました。

前回いただいた美味しさを忘れられず、くまちゃんどんちゃんも、
感謝して頂きます!

やがてお祭りが始まり、南三陸町 佐藤仁町長の挨拶がありました。

この場を作ってくれた商店街の皆様への感謝と、みんなで頑張って行こう、
という熱のこもった挨拶で、私たちも力一杯拍手を送りました。

前回お会いした際は、牧野百男鯖江市長より親書を預かっていたのでお渡ししたのですが、
その後お返事も頂戴したとのことで、
鯖江市長は「復興支援を継続しなければ」と決意を新たにされています。

鯖江市を拠点として活動している私たちにとっては、本当に嬉しいことです!

記念撮影もさせていただきました♪

さて、今回のセットリストはこちらです。
1.ONENESS
2.Thanks to the World
3.Like a Dragon
4.団地音頭

団結の大切さ、

海外諸国からも応援されていることへの感謝、

龍のように覚悟を持って進んで行くこと、

そして石巻市の仮設住宅に在住の方が作った歌に踊りをつけて演奏しました。

手拍子をしてくださったり、中には振り付けを真似て下さる方もおり、
私たちもハッスルして演奏することができました〜♪

優しい皆々様、本当にありがとうございました!!

宮城県警の方が話しかけて下さったのですが、
なんと研修で福井県警の方と仲良しだとか!

ライブ後は、2度目のツアー(2013年5月)ににお邪魔した時に出会った、
牡蠣養殖をしている「たっくん」に会いに行きました。

【その時のブログ記事はこちら】
(このブログではCさん親子、と書いてあります)

通称、たっくん、なのですが、穏やかな優しい顔をした彼はとても情熱的で、
南三陸の漁場をとてもとても大切にされている方です。

前は自宅が会った場所にテントを建て、そこで牡蠣の管理をされていましたが、
今は場所を変え、プレハブの会社が建っていました!

南三陸では、牡蠣養殖を諦めざるをえなかった人々の中で、唯一残った青年です。

土地の問題に悩みながらも、家族でなんとかしてこの自然を、
海を守ろうと、必死に踏ん張っておられます。

前回お会いした時には、牡蠣を育てても出荷することはできず、
「管理」することしかできない、と言っておられましたが、
今ではお客様を招いて、蒸し牡蠣を振る舞ったり、
牡蠣の育て方や販売できるまでの工程などを子ども達に伝える
教室なども開いておられました!

すごい進歩です!!

しかし、お話を伺うと、ここまで来るまでのご苦労や、
これからの不安(たった一人の後継者なのに、国には理解してもらえないなど)
も教えて下さいました。

私たちにできることは・・・?

育った牡蠣を頂き、美味しいよって発信することです。

それが美味しいこと美味しいこと!

日本には美味しい牡蠣のある場所がたくさんありますが、
そこと比べてもダントツうまい!

とおっしゃる方が本当にたくさんおられるそうです。

身が大きく、旨味満載で、「おいしすぎるー!」と言いながら、
海に心から感謝をしたくなるような、まさに「海の恵み」です。

販売も開始したとのことだったので、大至急お土産として注文もしました。

届くのが楽しみです♪

このチラシにもあるのですが、

「温水による海藻・付着物除去を行いません」
→つまり、手作業で一つ一つ、牡蠣の周りについたものを取り除くのです。

「籠やネットを使った殻整形を行いません」
→こんな事実があることすら知りませんでしたが、
ここの牡蠣は伸びやかに育っています。

「薬品による洗浄や消毒を行いません」
→この事実にも驚きでしたが・・・^^;

これも人の手の煩わしさを解消するための方策だと思われますが、
それはここではしていません。

「自然を真治、自然の力で牡蠣を育てます」
→激しい潮流を近くにある島がゆるやかにしてくれて、
田束山からしみ出てくる真水が混じり合い、
牡蠣にとって最高の環境なのだそうです。

南三陸でも他にはこういった場所がないそうで、
本当にここでしか育たない牡蠣なのです。

くまちゃんにいたっては 「もう、どうやって嫁さんに説明すればいいんだろう〜〜」 と、
自分だけ美味しいものを頂いてしまった罪悪感に苛まれておりましたよ。

笑顔で。

<大川小学校へ>

海沿いを走って大川小学校へ向かいました。

野原のままになっている元住宅地や、壊れたままの堤防もありますが、
整地されているところもあり、徐々に進んでいる雰囲気が感じられます。

大川小学校に到着しました。

何度訪れても胸が締め付けられます。

今回あちこちを見て回る中、「あ、ここ新しく作られている」という発見をしては
「ちょっとずつ復興しているのかもしれない」という雰囲気を感じていたのですが、
ここ、大川小学校だけは、あの時のまま、時間は進んでいませんでした。

「お父さん、お母さん、助けて」という子ども達の切実な思い。

「逃げていれば助けられた」という先生達の後悔の思い。

想像しかできませんが、それらは遂げられることなく、
ほぼ全員が津波によって亡くなりました。

寄り添うことも、背中をさすってあげることもできず、
ただただ、合掌をさせていただきました。

決断するリーダーの大切さを、強く感じた時間でした。

<女川へ>

1度目のツアー(2012年8月)でお世話になった
「おちゃっこクラブ」を経営されている岡さんに会おうと、車を走らせます。

【その時のブログ記事はこちら】

道中の風景です。

仮設住宅

津波に流された吉浜小学校の跡地に建てられた慰霊碑。

建設中の建物。

女川町に入りました。

津波に寄って倒され、移動してしまったこの建物はずっと残っているものです。

この付近一帯はまだ何も進んでいません。

女川町立病院は丘の上に建っていますが、この1階部分まで津波はやってきました。

ここが、おちゃっこクラブです♪

岡さんは会うなり、「うわ〜!」と喜んで下さり、
私たちも嬉しくて嬉しくてたまりませんでした!

元気に再会できるって、本当に嬉しいものですね。

お茶っこしながら近況をいろいろと伺ったのですが、
とってもお忙しそうなのに、終始笑顔。

アメリカ軍のトモダチ作戦を遂行してくださった軍のトップと会い、
「震災からずっと非日常の中にいたが、コーヒーやホットドッグ、
ウィンナーなどを食べたり、目が合って微笑んでくれる、
そんな日常をくれたことが、どれだけホッとしたことか」
と感謝を述べたこと。

「女川港大漁獅子舞 まむし」という獅子舞を、東京は日比谷、
三重は伊勢神宮で1日12回を越える舞をしたこと。

女川の獅子舞はとっても音が大きく、
超元気なので「オープニングやると、それがエンディングにもなってしまう」
ほどだそうです。

つまり、オープニングでやると超盛り上がるけれど、
終わる頃(2〜30分くらい)には、観客も満足してしまって帰っちゃうのだとか。

く〜これは見てみたい! ということで、DVDをお借りしました♪

いつかおやつラジオでも放送できるといいなと思っています。

岡さんとお茶べりをしていてとても印象的だったのは
「もう震災なんて過去のことだよ。
 もう見てるのは未来だけ。
 だからこそ、県外から来てくれた人と
 ”文化交流”みたいな気持ちでお互いに接して、
 新しい町づくりをしたいんだよ」

震災は過去。

この言葉は前回もお聞きしたことですが、新生女川を作るため、
そして今の子ども達が大人になったときにものびやかな環境であるために、
ワクワクしながら知恵を絞り、たくさんの方々の知恵を聞こうとされています。

そのために、決断と行動の連続です。
「そんでいつかさあ、
 ”そういえば女川って震災があったよね”って
 振り返られるような未来を作りたいわけ」

もう何十年も後のことを考えておられるのです。

こういう人が歴史を作るのだろうなと、しみじみ感じ入りました。

何の話をしていても、誰かのせいにするでもなく、ただただ前向きに笑顔で過ごされ、
そして家族を愛されている姿は、本当にしびれるほどに格好良かったです!

女川の未来は、きっと、明るい! 

<石巻市 門脇小学校へ>

石巻市の門脇小学校です。

ここは小学校があるくらいですから、付近は住宅街。

でした。

今は更地になっています。

以前は見かけた建物も取り壊されて、緑が生い茂る場所となりました。

見渡す限り、草原です。

門脇小学校は、避難しに来ていた車が津波で校舎にぶつかり、
ガソリンから引火して大火事になった学校です。

以前は黒焦げになった校舎もシートで覆われ、今はただ静かに時を過ごしています。

「門脇小学校 被災」とキーワード検索をすると、当時の悲惨な状況や、
その中でも力を振り絞って救助活動を行い、
後悔と折り合いをつけながら生き抜いた方々のルポなどがあります。

被災者の方々の心に寄り添いたい方は、ご覧いただくと良いかもしれません。

海まで続く草原は、誰かの決断を黙って待っているように見えました。

再び、子ども達の歓声が聞こえる場所になることを、心から祈っています。

2日目:南境7団地(北)集会所で団地音頭を踊りました♪へと続きます

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